業務以外の何物でもないと思いますが、こういうタイトルをつけてしまう神経を疑います。
これらの活動は,「自主的」であるところに意味がある。自主活動集団の構成員は,「業務」の域を超えた,職制の手の及ばない(と思われている)ところで,「趣味的」「生きがい的」に活動して効果を上げることに達成感や充実感を持っていた。そこでは労使の一体感が生まれ,企業への忠誠心が醸成された。そして,日本企業の競争力を高めてきた。
その活動に対価が支払われるとなると,不思議なもので「自主的活動」が「業務」というドライなものに変質することになる。そうなると,自主的な活動による「達成感」「充実感」というモラールを失うことになりかねず,日本的経営の良さを全面否定することになる。
対価が払われたからと言ってドライなものに変質
するというのは短絡的ではないでしょうか。本当の意味で自主的に行われていた活動なのであれば、それに対して正当な対価が支払われるのであればモチベーションの向上にも繋がるはずです。
自主的と言いながら過酷なノルマを課し強制的に行わせていたようなところについては、そもそも「正当な対価」を支払う気があるとは思えません。そのまますんなりとトータルの人件費支出を増やすはずがない。
と書かれているとおりだと思います。
「一体感」とか「忠誠心」とかって言葉が踊ってますが、本当の「一体感」と、勤務評価と人事を武器に反抗を押さえ込むような名ばかりの忠誠心の違いは分けて考える必要があります。残念ながらこの記事からはその点は全く読み取れませんでしたが。
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