ネタがネタとして成立するためには必須条件があります。
一つは「わかる人にはわかる」こと。これが無ければそれは単に滑っているだけでおもしろくも何ともありません。(わざと滑るというネタもありますがそれとはちょっと違う)
もう一つは「通じない人への配慮」。どちらかというとこちらの方が重要です。いくつかパターンがありますが、代表的には
- 本気では言っていないというアピール
- 文面通りに受け取っても特に差し支えがない
- わざと間違っていることを言っている(文面通りにとってはいけない)ことがわかる
- 全くもって意味がわからない
というところでしょうか。
ネットワーク屋がよく使う、Catalystと言われたらとりあえずCiscoのCatalystスイッチの話をし始めるというお約束のネタがありますが、これはスイッチについて話をしても知らない人にはたいてい意味不明なので気軽に使えるわけです。これが、他のCatalystについても下手に通じることでしかもそちらにとっては間違った内容だったりすると、ネタとしては失格です。このネタは対象のギャップの大きさがミソなので普通は下手に通じる領域の話は持ち出さないのですが、たまにどっちだかわかんないような話を始めてつっこまれてる人がいます。そういうのに限って「マジレスすんな」とか逆ギレしたりするので始末に負えません。ネタとして成立してないのにまず気付け、と。
そういう観点で考えるとあの小女子事件というのも配慮が中途半端(というか足りなさすぎる)という例で、本当に小学生を殺すと言っているように読めてしまうので、ネタとしてはレベルが高いとは言えません。犬or猫虐待ネタみたいに読ませる長文だったらまだ違ったのかも知れませんが、ただ「殺します」だけじゃちょっとねぇ。
#小女子が魚だというのが「不合理な弁解」にされてしまうのもどうかと思いますが